猫の肥大型心筋症

猫で一般的な心疾患である肥大型心筋症 (HCM)は、原発性の心筋肥大を特徴とします。その発生率は非常に高く、みた目上健康な猫においても 14.7%の割合で HCMと診断されています。さまざまな猫種で発症が見られますが、メインクーンやラグドール,アメリカン・ショートヘアでは遺伝性の関与が疑われています。
どの年齢でも発症する可能性があり、性別としては雄に多いとされています。

・肥大型心筋症の症状と診断
・心不全兆候がない場合
・心不全徴候がある場合
・飼い主の判断


猫の肥大型心筋症


猫のウィークポイントとして腎臓や心臓が議論されることが多くありますが、「肥大型心筋症」をはじめとする心筋症は猫にとって非常に多い疾患です。
症状や対応を知っておくことが飼い主にとっての安心に繋がるかと思います。



肥大型心筋症の症状と診断

肥大型心筋症に罹患した多くの猫は無徴候です。
臨床徴候は「なんとなく元気がない」、 「じっとしている」、「食欲がない」などの不定愁訴であることも多く、猫はその性格上臨床徴候がわかりづらく、血栓症や肺水腫、胸水、突然死など致死的となっている場合が多くあります。
エコー検査や心電図検査を用いた心筋肥大(壁厚)などで診断されます。



肥大型心筋症の治療

痛みや薬剤による心拍数上昇、さらに検査によるストレスや興奮は病態を悪化させる恐れがあり、呼吸管理や暫定的な診断・治療が優先して求められます。
往診診療においても比較的よく遭遇する疾患の一つであり、酸素下であっても状態が非常に悪く検査に耐えられない可能性が高い場合は、簡易的にエコーで仮診断し、強心剤や利尿剤、抗不整脈剤の投与から開始することもあります。
また、肥大型心筋症の猫では心臓内にできた血栓が体循環に乗って主に後肢の血管分岐部に詰まることがあり、「急に後ろ足を引きずる」といった主訴であることもあります。
その場合、初期である場合(発症から4h前後)は血栓を溶解する薬、あるいは外科摘出によって麻痺が回復する可能性がありますが、その後の管理や血流再開時の管理(再還流障害)などのモニターも必要なため、入院治療となります。
実際には時間的な問題や全身状態からはそのような積極治療に進むことができない場合も多く、予後不良であることが一般的です。
積極治療を行わない場合は鎮痛管理を行い、状況によっては安楽死なども選択肢に入ります。



心不全徴候がない場合

無徴候のHCM症例であっても、循環器疾患関連のイベント発症率は健常な猫に比べて有意に高く、心不全や血栓症、突然死を起こしやすいことが近年報告されています。
したがって、無徴候であっても慎重な経過観察を行い、長期的には治療介入すべきと考えられています。
主には経過観察に加えて抗不整脈薬や心臓の負荷の軽減に努めます。
また、飼い主による注射投与が可能であれば、ダルテパリンナトリウムなどの皮下投与による抗凝固療法を行います。
飼い主による注射投与が困難であればクロピドグレル硫酸塩の経口投与が推奨されています。



心不全徴候がある場合

急性期の症例は、急性心不全の治療に準じます。
具体的には、胸水貯留に対しては胸腔穿刺での抜去を第1選択として可能であれば酸素下で行います。
肺水腫に対しては利尿剤を用います(腎機能への影響に注意する)。
心臓の収縮力が低下し、心拍出量が少ない場合や血圧が低下している場合、病院内ではカテコラミン製剤(ドパミンやドブタミン)の静脈内投与が用いられていますが、往診では、経口投与が可能な場合はピモベンダンを用いています。
ただし,重度の左室流出路閉塞や不整脈を併発した症例では、閉塞や不整脈が悪化することがあり、副作用を考慮しながら使用することが理想的です。
また血栓予防として、可能であればダルテパリンナ トリウムもしくはヘパリンナトリウムの皮下投与が推奨されます。


猫の肥大型心筋症


飼い主の判断

ストレスをかけたくないと望む飼い主の多い猫にとって、心負荷やストレスが管理の大きな要因となる疾患は対処が非常に難しいです。
すぐに病院に連れて行きたくても移動させようと思うと開口呼吸をしてしまったり虚脱してしまう場合もあり、病院に行くことが正解かどうかというよりかは、病院まで行けるかどうかの問題であることも多くあります。
単純に診療してもらうことに留まらず、どのような治療をするかによっても在宅が可能かどうかの判断が異なります。
その子の状態から、どのような行動が最も良いかは異なりますので、救急で連れて行く病院にせよ、当院にせよ、まずは初期対応の相談をされると良いかと思います。



記事執筆者
長江嶺(金乃時アニマルクリニック・獣医師)
略歴:東京都内の動物病院、神奈川県内の動物病院の勤務医を経て、現在は横浜市を診療エリアとする往診専門の動物病院を運営しています。詳しいプロフィールはこちらです。

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